テスラ・モデルSの「デュアルモーター」が持つ意味
2017/04/24
デュアルモーターの発表
2014年10月10日金曜日(現地は9日木曜日)、テスラ・モーターズのCEOイーロン・マスク氏は、Twitterなどで予告をしていた「D」の意味が、デュアルモーターであることを明らかにした。また、即日インターネットでオーダー受付を開始した。ホームページの記載によると、米国で12月(中国で2月、日本で6月)から納車が開始されるようである。
そのスペックを見て、自動車関係者は、口には出しにくい衝撃を受けたはずだ。戦慄を覚えた人もいることと思う。ここでは、このデュアルモーターのスペックが持つ意味を考えてみたいと思う。
加速性能とヒエラルキー
デュアルモーター車は、もともとの3種類のモデルS、すなわち、バッテリー容量60kW、85kWのベース車と、やはり85kWだが高性能のPerformance車、それぞれに設定されている。これらは末尾に「D」をつけて、60D, 85D,およびP85Dと命名されているが、最高性能のP85Dの性能(と価格のバランス)が、常識では考えられないものなのだ。モーターの馬力表示がわかりやすいので、米国のページを示す。
もともとのP85(シングルモーター)には、416馬力のモーターがついていた。これにより、0-100km/h加速は4.4秒を得ていた。この、4秒台前半というのは、セダンではかなり特殊なものでしか達成されない数値である。これは以下のような数値を見ると分かるだろう。
- メルセデス・ベンツ C63 AMG 4.5秒
- BMW M3 4.8秒
- アウディS4 5.1秒
- レクサス IS-F 5.0秒
- メルセデス・ベンツ S63 AMG (4MATIC) 4.0秒
- アウディRS6 アバント 3.9秒
もともと4.4秒のモデルSは、ベンツAMGとか BMW Mとか アウディSとか、欧州車に特別に設定されているクラスが出す数値と同じぐらいだったわけだ。これらは「あこがれの車たち」であるので、それと同じというのは素直にスゴイ。実は、数字以上にもっとすごいのだが、これは後述する。
欧州車ではさらに上のクラスとして、アウディのなかでもとくに速い「RS」を冠したモデルや、AMGでもこの間発売されたSクラスの4輪駆動車が設定されている。これらを手にするためには、常識的にはベース車両に600〜800万円高く払わなくてはならない。例えば以下のようだ。
- アウディ A6 Avant 900万円 → RS6 Avant 1563万円 (+663万円)
- メルセデス・ベンツ S550 1590万円 → S63 AMG 4MATIC 2410万円(+820万円)
- ポルシェ・パナメーラ (6.3秒)1022万円
- ポルシェ・パナメーラ S (5.1秒)1463万円(+440万円)
- ポルシェ・パナメーラ GTS (4.4秒)1658万円(+ 642万円)
- ポルシェ・パナメーラ ターボS SPORT PLUS (3.8秒)2736万円(+1714万円)
ため息がでるような差額で、普通の感覚では、そんな額を加えることに大きな心理的抵抗が働く。この「心理的抵抗を感じる価格差」こそが、今までの車社会のヒエラルキー(階層)を形作ってきたフォーミュラであった。この相場観は、どんな車にも共通するものである。
超性能と衝撃的な価格設定
さて、モデルSはもともと4.4秒である。デュアルモーターになれば、前輪でも加速できるため、容易に性能向上を果たせる。たとえば4.0秒ぐらいにするのには、もともと416馬力のモーターを、例えば230馬力+230馬力ぐらいにすれば達成できるだろう。ひとつ250馬力にして、システム合計で500馬力にすれば、3秒台も可能になりそうで、そうすると、「ベンツやアウディの特殊車両とも同じぐらいですよ」というセールストークで誘うことができるわけだ。
イーロン・マスク氏は、しかし、観客から「狂気」と言われるほどの性能を示した。そう、0-60mph 3.2秒である(これは0-100km/hでは3.4秒程度に相当する)。そして、4.4秒→3.4秒になるためのデュアルモーターの値段が、162万円なのである。(おまけに、オプションの値段が実質的に下がったので、従来のP85との価格差は100万円程度である)。
↓ 観客に0-60mph 3.2秒を告げた時の様子(5m04sのところ)。そのあと”insane”とも発言。
3.2秒(3.4秒)の持つ意味
3.4秒 – 。車をよく知っている人なら無言になる速さである。詳しくない人には、4.4秒と3.4秒は、大して違わないように思うかもしれないが、実際の加速は、月とすっぽんぐらい違う。(2014/5/6追記:その後、この「月とすっぽん」の動画が公開された。P85 vs P85Dの対決では、前者が止まっているようにすら見える)。
4.4秒では加速でむち打ちになることはないが、3.4秒は、調子に乗って何度も加速していると、真面目にむち打ちになる数字なのだ。これらの車では、ヘッドレストに頭をしっかりくっつけてから加速しなくてはならない。
皆さんはこの車を知っていることだろう。そう、フェラーリ。それも458イタリアという、かなりハイエンドの車。2920万円。これが0-100km/h 3.4秒だ。
そしてこれはランボルギーニ ウラカン LP610-4(”4″ は4輪駆動であることを示している)。2970万円。0-100km/hは3.2秒。「男の子の夢」の車である。ガオー。
比べるとフツーの顔をしているテスラ・モデルS。P85Dは、1400万円程度。0-100km/h 3.4秒。
いかがだろうか。「イタリアの誇り」と言えるスーパーカー2車と、カタログ上ほとんど同じ加速性能があって、半額以下である。車重や俊敏性に差があるとしても、あまりにも大きな価格差ではないか。4年後に中古車が600〜700万円で売られるだろうから、貯金しよう!と思う人もいそうな、そういうところにある価格である。
アウディRS6 Avantや、ポルシェパナメーラを所有している人は、速いクルマに価値を見出していて、彼らはしかしフェラーリやランボルギーニほど極端ではなく、もうすこし使い勝手の良いクルマを使用している。こういった人が、あるいは、そういった車のディーラーが、すごく気になっているのではないかと思う。この衝撃は、その内容が正確に伝わるにつれ、ボディブローのように広がっていくはずだ。
もう一つの衝撃ー 0rpmでフルトルク、ゼロエミッション
もうひとつ、ガソリン車には、フルEVと比較して、どうしても劣っていることがある。それは、アイドリング回転数ではトルクが非常に細いことだ。トルクというのは、車軸を回転させる力で、これに回転数を掛けると馬力になる。だから、エンジン回転数の低い領域では十分な加速が得られない。フェラーリもランボルギーニも、0-100km/h 3秒を切るGT-Rも、すべてそうだ。
だからもしカタログスペックどおりに加速しようとしたら、(たとえば信号が赤の時に)エンジンをふかしておいて、青になった瞬間にギャギャッとタイヤを鳴かせながら加速することになる。GT-Rには「ローンチコントロール(打ち上げコントロール)」というボタンすらあり、これを押すと、エンジン回転数を4000rpmぐらいにキープすることができ(ガソリンを消費しながら)「待っていて」、ブレーキを離すと最大加速度で加速するという、すごいギミックもある。
・・・皆さんが容易に想像できるように、これは、21世紀の今では絵空事に近く、実際にはできない・・・したいけどしたくない・・・という矛盾に陥るのである。いくら清浄な排気が得られる最新のテクノロジーでも、回転数をあげたときには理想燃焼条件から外れ、黒煙すらでてしまう。車のいた場所に残された人には臭い排気ガスが漂うことにもなる。日常で、バイクやトラックの後ろを走ることを想像してみて欲しい。また(爆)音は、「いい音だな〜」と思ってくれる人も5%ぐらいはいるが、他の人は、実は迷惑としか感じない。つまりスペックだけがその誇りを維持している感じだ。車なんてもともと自己満足の世界だが、それが「よりピュアな自己満足」に変容してきているといったら皮肉だろうか。しかし現実に外堀は埋まりつつあるのだ。
だからこそ、フェラーリもランボルギーニも、マクラーレンも、最新型はすべてモーターを装備して、回転数が低い時にパワーがでるようにしている。これはモーターがないとどうしても加速競争には勝てないと分かっているからである。そしてエンジンに「モーターを加えた」ものは「ハイブリッド」で「付加価値がある」のでさらに高額になる。
イーロンはなにが言いたいのか
前置きが長くなったが、私が書きたいのはこのパラグラフである。普通にビジネスを考えるならば、そして従来の車社会のヒエラルキーから少し抜けだし、「おトク感」を出したいならば、500馬力(250+250)のデュアルモーターで、3.9秒の車を1400万円で出せばもう十分過ぎるぐらいなのである。やんやの喝采である。それなのに、なぜ、221+470 = 691馬力 (トルクはなんと95kgm@0rpm)にもして、自分でも“insane”と形容するようなものを出したのか。
・・・私は、イーロンが、「モーターでなければだめなのだ」ということを完膚なきまでに示したかった、その気持の表れだと思っている。彼は工学博士を志した者であり、理屈にとてもピュアに生きてきた。彼が示したいのは、「3.9秒でお得でスゴイ」ということではなくて、4ドアセダン未踏の領域に達したことを見せることで、「もはやEVでなければ車の性能を最高にはできない」ことを証明してみせた、そういう象徴的な意味があるものだと思う。
加えて言えば、デュアルモーターは、「デュアルソース」ということでもある。対してエンジンは重く、1つしか積むことができない。つまりシングルソースだ。しかし路面にパワーを最大効率で伝えるには当然4輪全てを駆動すべきである。このためには、エンジンと車輪を前後につなぐ長いシャフトが必須で、差動装置(ディファレンシャルギア)も必要だから、メカニカル・ロスを生じる。なおかつギアはアナログ制御だ。他方、デュアルモーターは、2つのところからパワーが発生し、それが前輪と後輪を別々に駆動するので、間にシャフトは不要である。おまけにモーターは完全なデジタル制御で、常に最適なトルクを発生する。
このためモデルSは加速するときに基本的にタイヤが鳴かない。言い換えれば下品でない。そして、臭い排気ガスもでず、爆音もでず、ギアが1速だけなのでキックダウンとかデュアルクラッチという概念すらなく、アクセルを踏めばタイムラグがゼロで、意図したとおりに加速し、アクセルを戻すだけで強力な回生ブレーキがかかって減速でき、エネルギーの1/4程度を回収可能で、ガソリン代の1/4のコストで走る。自宅で充電できるので毎朝必ず満タンで、400キロ以上走ることができ、疲れて帰宅するときにガソリンスタンドに寄る必要がない。
今、テスラのEVは大変高額で、とても一般的とは言えない。しかしモデル3がでれば、300万円台となり、多くの人が購入することだろう。そのとき、EVのもつもう一つの意味ー「排気ゼロ・エミッション」という意味が、「二酸化炭素を出さない」ということ(だけ)ではなく「NOxや、ばい塵を出さない、皆が窓を開けて走れるための車」という意味として普及するときなのだろう。
自分がイーロンだったら、3.4秒を決断できただろうか。3.4秒を1400万円で出せば、2400万円とくらべてはるかに多くの人が買う。フェラーリやランボルギーニしか手にすることが出来なかった加速を多くの人に与えれば事故も起きる。それでも彼は、「EVがガソリンエンジン車を完全に凌駕している」という事実をどうしても知らしめたかった、2014年に、そうすべきだと決断した。その、大学で物理を専攻した者としての葛藤を感じて、胸が熱くなる。(了)
・・・その後、2016年12月に、P100Dと呼ばれる新型車は、世界で最速のクルマとなることが予告されました。イーロンはとうとうやり遂げたのです。
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