放射線科医・MRI専門家の高原太郎個人ブログ

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スカイセンサー5800と結婚行進曲

      2018/01/06

短波放送ブーム

私が中学生のとき、「国際短波放送の受信」というのがブームになりました。俗に言う、BCLブームです。Broadcasting Listeningの略で、海外で放送している日本語放送を受信する、というものです。今の人はなぜそんなことが流行るのか理解できないでしょうが、一気にやってきたそのブームは、とにかく、それはそれはすごかったんです。

短波は、地球を取り巻く電離層で反射されるので、はるか地平線彼方の放送局の放送を聞くことが出来ます。しかし、季節や時間・太陽フレアなどの影響で電離層が不安定になるため、放送が聞こえる日もあれば聞こえない日もあります。

このため、各国の国際放送局は、全世界の短波放送愛好家のことを大切にしていて、放送を受信した人が、放送局に(聞いた放送内容を書いて)ハガキを送ると、お礼にベリカードというのをくれました。ベリカードは、Verification card(ベリフィケーション・カード、受信確認カード)の略で、その放送局を受信したということを証明してくれるカードなのです。放送局の人も、受信できたかどうかをリサーチできるので、お礼のハガキを出す価値があったのでしょう。そのカードがとてもカラフルで、千差万別なので、これを集めることが流行りました。

 

ベリフィケーションカード

ベリフィケーションカード

 

お金のある大きな放送局は大出力ですから容易に受信できますが、遠くの国や、あるいは出力が弱い局の放送はなかなか受信できません。ですから今で言うところのレアカードみたいな感じで、集めるのが流行りました。基本的には今も昔も、レアなものをたくさん集めようというところは同じなようです。

SONY スカイセンサ- 5800

そんなブームの真っ最中に出た決定版が、SONYのSKYSENSOR 5800でした。学研の「科学」に、とても魅力的で高そうなラジオの広告がでていましたが、それが中学生が目指す最高峰、「スカイセンサー5800」。かっこよくて、憧れて、お年玉をつぎ込んで購入しました。

この、チューニング用の大経ダイヤルと、めっちゃ大きいスピーカー(当時)が特徴でした。また銀色のスイッチを倒すときの質感が素晴らしくって、途中まで動かすとポニッと倒れるのがうれしかった覚えがあります。BFOとかかかれたスイッチを、何度も、「ポニッ、ポニッ」として喜んだりしました。

ちなみに、ナショナルの「クーガー」もすごかったです。今で言ったらイージス艦のてっぺんについているような、レーダーみたいな、回転する指向性のアンテナがカッコよかった。あれはシビれました。

 

日本シリーズ

で、いきなり日本シリーズになります。いまでもそれなりに注目を集める野球の日本シリーズですが、往時は、今とは全く比べ物にならないほどの、国民的なイベントでした。

他でも書きましたけれど、当時の僕は完全な落ちこぼれで、授業にあまりついていけず、授業中もあれこれ趣味のことを考えたり、友人のウケを生きがいとして生活しているような毎日を過ごしていました。その日の日本シリーズの試合はデイゲーム(日中開催)だったのですが、その日、なぜか「そうだ、これを持っていって野球の実況中継をしよう」と思い立つわけなんです。

ちっちゃいラジオも家にはあったのだと思いますが、自分の、大切な大切な、愛している巨大ラジオで聞きたかったんでしょうね。学校指定の肩掛けカバンに無理やり詰め込んで持っていきました。そのとき教科書はどうやって持っていったのかな。割りとしっかり、すべて持っていくことを善しとする性格でしたから、教科書も持っていったはずなのですが、どのように工夫したのかは全く覚えていません。ま、とにかくエッホエッホと、この重いのを持っていったんですね。

それで、その日本シリーズをやっているときには授業中だったのですが、机の引き出しにこのラジオを横たえて、そこからイヤホンのコードを伸ばし、制服の中を辿らせて、詰襟から出して、耳にイヤホンを当てて聞いていたんです。ちょっと頬杖をついたような感じにすると、髪の毛の襟足と手で、うまくコードやイヤホンを隠すことができました。

で、のんきな私は、授業中に「3回のオモテ、ロッテ攻撃中 ロッテ1 – 中日2」とか紙に書いて、それを友達に回していたんですね笑

 

漢文

それは、漢文の授業中のことでした。漢文の授業の先生は、山口為廣先生と言って、生徒にとても人気のある、男気(おとこぎ)のある感じの先生で、精悍な顔立ちをしています。

当時の僕は、漢文にはあまり興味はありませんでしたが、タメヒロ先生が朗々と詠んでくれる漢詩は、非常に気持のよい声とリズムで、思わず聴き入ってしまうものでした。人間のあるべき心根とか、すがすがしい風景のさま、ときには侘しい(わびしい)気持ちなど、漢詩に書かれていることもとても良かった。

罰当たりな私はしかし、その日は、「自分の仕事」に勤(いそ)しんでいたわけでございます。まぁこれと決めたら一生懸命やるほうなんです。

 

そして、運命のその時はきました。

 

それまで、漢文を朗読していたタメヒロ先生が、「じゃ、次、高原。読んでみろ」と宣った(のたまった)のです。ええっ!

焦りました。だって、いまラジオ聞いているんです。なのに、立ち上がって、教科書を読むんですよ。「レ点」とか「一、二点」とかはさておいて、とにかく起立しなくてはなりません。

次の瞬間、混乱した私は、あろうことか、立ち上がるために、間違ってイヤホンを抜きました。

みなさん、本当はどうすべきかわかりますよね。あの大好きな質感のパワースイッチを、何気ない顔で「ポニッ」とOFFにしてから、イヤホンジャックを抜くべきだったんです、

でも、私は、抜きました。パワースイッチに触れること無く、焦って立ち上がろうとして、まずイヤホンジャックを抜きました。

 

結婚行進曲

なんでこのサブタイトルなのか、脈絡が分かりにくいと思います。

イヤホンを抜いた瞬間に、日本シリーズはCMの時間になりました。全く偶然に、結婚式場のCMになったのです。

そして、まるで図ったのように、「頭出しをした結婚行進曲」が流れました。そうです、あの不要にでかいスピーカーから、思いっきり大音量で、起立する私に合わせて流れたのです。

その瞬間、私は新郎になりました。心労に苛(さいな)まれたとも言います。

 

♪ たーんたーーーか、たんたんたんたん、たんたっかたんたっか、たんたん〜 たたた

たーんたーーーかたんたんたんたん、たんたっかたんたん、たんたん〜 ♫

 

(教室爆笑)

 

いったい何が起こったのかを、クラスメートは、その瞬間には正確には知り得なかったと思います。

しかしとにかく、大音量で結婚行進曲が流れて、赤面した私が棒立ちになっていました。「太郎っ!!」 という声が聞こえました。もうおかしくて仕方がない感じだったと思います笑

次の数秒で、私はパワースイッチを切るに至りますが、時、既に遅し。

 

形相

こわい。コワイコワイ。

ものすごい鬼の形相の山口先生が、教壇を、静かに降りて歩いてきます。なぜかゆっくりです。

時は1974年(昭和49年)頃のこと、先生が生徒を殴るのはごく当たり前の時代です。

しでかしてしまった派手な悪事は、確実にビンタかそれ以上に相当したと思います。

 

私は震えました。

タメヒロ先生は、至近距離まで来ると、「出しなさい」と言いました。

 

・・・スカイセンサー5800。

 

机の中から、あり得ないサイズのものがでてきました。

次の瞬間、怒りの顔だったタメヒロ先生は、失笑しました。

「こんなにでっかいの持ってきて!!」と言いました。

 

そして、なぜか、許してくれました。私は体罰を受けずに済んだのです。

私の身体から、ものすごい量の汗が吹き出ました。

あのときの恐怖と、許してもらったときに感じた、ぎゅうっとなった気持ち、またその後の虚脱感は、今でも、強烈な記憶となって残っています。

 

その十数年後、私は結婚して、子供をもうけることになります。

3人のこどものなかの誰かが非常に悪いことをして、父となった私は怒っていました。

「だれがやったか、正直に言いなさい!!」

 

ひとりが名乗りでました。「僕がやりました」

そうか、と言って、父は、すこし手加減して、お尻をペンとやりました。

 

でもあのときは、「よくぞ言った」といって許さなくてはなりませんでした。ダメ父だったと、何度も後悔しています。

許されたことは、記憶に残るなぁと思います。
また、損得と恐れを乗り越えて、正直に告白する勇気も、人の記憶に残る。

このことはまだ子供に話していませんが、機会があったら、伝えようと思っています。


 

今日、この文章を書こうと思い、山口先生のことを考えていたら、なんという偶然でしょう、お亡くなりになったという連絡が入りました。

悲しい偶然です。山口先生のご冥福をお祈りし、漢文を教えていただいたご恩を改めて噛み締めようと思います。

在りし日の山口為廣先生(写真をくださった同級生の白石くんに感謝します)

 

 

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