放射線科医・MRI専門家の高原太郎個人ブログ

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「光免疫療法」の小林久隆先生に会ってきました [光免疫療法とは何か・詳細解説]

      2023/09/07

この記事のURLは、
http://tarorin.com/08_mri_medicine/dwibs/2018/03/pit_dr_histaka_kobayashi/
です。

昨日は、「第1回がん死ゼロ健康長寿社会 膵がん診断・治療シンポジウム」にお招きをいただき、講演をして参りました。この会の特徴は、専門医の診断・治療に関する講演を、患者さんにもあますところなくお伝えするという主旨で、患者さんも多数参加されていたことです。

お招きくださったのは、放医研の小畠隆行先生。MRIの黎明期からお互いに研究を続けてきた同世代の研究者です。私自身、多くの研究者、また患者さんと知り合うことができ、とても収穫が大きかったです。改めて御礼を申し上げます。

小畠隆行先生(左)と筆者

自分の講演風景(DWIBS法が造影CTより安価であることを説明している)

さて本日の特別講演は、最近マスコミでも取り上げられ多くの方の知るところとなった「光免疫療法」の小林久隆(こばやし・ひさたか)先生。もともとは放射線科医である小林先生とは古くからの知り合いで、僕がオランダに行っている時(2007-2010)から、研究中の新法の評価についてDWIBS法(ドゥイブス法)が使えないかという議論をさせていただいていました。

初期の段階で得られた、「がん細胞のみが破裂する動画」を見せていただいたときは、椅子がひっくり返るぐらいびっくりした覚えがあります。のちのオバマ大統領の一般教書演説(2012年)でこの研究のことが紹介されたのも本当に驚きました。

その後私は三木谷浩史さん(楽天会長)とDWIBS法に関連してなんどかお目にかかっておりましたので、三木谷さんが光免疫療法の特許使用許諾を得たときも「これで日本でも将来可能になる」と、とても興奮した覚えがあります。特別講演の座長を担当された東 達也先生(放医研)のお計らいで、特別講演前の控室でお話をさせていただきました。

小林久隆先生(右)と筆者(左)

光免疫療法はかなり有名になりましたから、「がん細胞をすごい方法でやっつける」ところについてはよく知られています。しかし免疫を強くするところ(=免疫療法の側面も持つ)についてはまだあまり詳しい解説がウェブ上にないと思うので、この機会にここで説明をします。ちなみにこの講演は40分間でしたが、日本医学放射線学会でもう少し短い(30分)講演がなされますので、理解しておくと分かりやすいと思います(後述)。

 

光免疫療法とは何か。どうやってやっつけるのか。「光」の意味は分かっているが、「免疫」の意味はなにか。

1) 普通の抗がん剤

皆さんは「抗がん剤」という名前はよくご存知だと思います。抗がん剤を投与する治療法は一般に「化学療法」と呼ばれています。英語ではChemotherapy(ケモテラピー(セラピー); ケモは化学、テラピー(セラピー)は治療)といい、医学関係者の間では「ケモ」「ケモテラ」、カルテ記載ではCTxと書いたりします。

さてこの抗がん剤治療(ケモテラ)は、古典的には、細胞分裂に悪影響を与えるような、いわば「細胞一般にとって邪悪なもの」を投与します。普通の細胞は、いわば「足るを知る」人なので、新陳代謝のために必要な分だけ、ちょっとずつ分裂・増殖します。これに対して、がん細胞はめちゃくちゃに、人の迷惑も顧みず自分だけの利益のために果てしなく増殖するという迷惑な人です。正常細胞よりも遥かに高頻度に分裂を繰り返します。

通常の抗がん剤では、がん細胞のみならず、正常細胞もダメージを受ける

ですから細胞分裂に悪影響のあるクスリ(抗がん剤)を投与すると、がん細胞にとくに大きなダメージが生じて、分裂できなくなり、最終的に死に至るわけです。まあこれで良いと言えば良いわけですが、正常細胞も分裂ができなくなりますから、新陳代謝(細胞分裂)が盛んなところ、たとえば髪の毛などは最初にやられてしまいます(脱毛)。しびれ・味覚障害・倦怠感・下痢など、抗がん剤の種類によって強く出る症状は様々ですが、ある意味、本当の悪者(がん細胞)をやっつけるために、身をすり減らして行う治療法とも言えます。

実際の臨床では、このような症状(副作用)がなるべく少なくなるよう、主治医の先生がさまざまな配慮や対策をいたします。

2)分子標的薬

普通の抗がん剤は、原理上副作用がかなり出てしまうわけですが、がん細胞をよく見てみると、注目すべき点があることがわかってきました。がん細胞の表面にはいろんな特徴があります。たとえば、乳がんのなかのある種類のものは、がん細胞の表面に「HER2(ハーツーと読みます)」と呼ばれるタンパク質が存在します。

このHER2は、がん細胞の表面にいて、「増殖しなさい!増殖しなさい!」という命令を激しく、のべつ幕なしに出しています。ですから、このうるさいHER2のところに行って、「おしゃべりやめなさい!」と止めさせたら、増殖が止まりますね。これが「ハーセプチン」という名前のお薬です。HER2に対して(のみ)作用するので、「抗HER2療法」と呼ばれています。

HER2 のところをブロックするので、がん細胞に選択的に効く

こういった、がん表面の特別なタンパク質を狙い撃ちするお薬を一般に「分子標的薬」と呼びます。ひと昔前までは、こういったことを知らずに、抗がん剤を使っていましたが、上手に使い分けることができるようになってきました。最近では患者の遺伝子解析も用いて治療選択に用いるようになってきており、こういったことはプレシジョンメディシン(精密医療)パーソナライズメディシン(個人別の医療)などと呼ばれています。

3)分子標的薬の限界

皆さんが、自宅から職場にいくのに、いつも電車を使っているとしましょう。地方なら車の人も多いと思います。その「メインの方法」が何らかの原因で使えなくなってしまったらどうしますか。例えば架線故障で電車が動かないとか、道路の陥没で通行止めになってしまったとか。

日本人だからどうにかして行こうとしますが、あまりに状況がひどければ、職場に行って仕事をするのをあきらめるかもしれませんね。言わば、これが分子標的薬的の初期の効果です。でも、現実問題だとしたら、たとえ今日ダメだったとしても、明日には行って仕事をしなくてはなりません。そうしたらどうしますか。「頑張って自転車で行こう」とか、(電車がダメなら)車やバイク、(道路がダメなら)電車、など代替手段を使うことを考えることでしょう。がん細胞も同じなのです。

一つの経路(あるいは「増殖しなさいという命令」)が止められたとしても、がん細胞は他の経路で活性化して仕事(増殖)するかもしれません。そのすべてをブロックするのは難しそうですね。だいたい、そんなにブロックしたら、正常細胞とか、正常の身体の機能に影響がでることは必至です。実際のがん細胞の増殖も、さまざまな因子や経路が関係しているので、一つの方法が(初期に)著効したとしても、その後どうなるかはなかなか難しい問題なのです。従って完治(あるいは長期の寛解(かんかい=病気が癒えていること))を目指そうとすると、とてもハードルが高いということになります。

光免疫療法は、この問題を(おそらく、多くの場合において)根底から覆します。

4)光免疫療法でどうやってがん細胞をやっつけるのか(「光」の意味)

光免疫療法で行うことは、上記と似ています。がん細胞の表面にあるEGFR(上皮成長因子受容体; Epidermal Growth Factor Receptor)というタンパク質に結びつくもの(抗体)を用います。ここまでだと従来のものと同じですが、この抗体にとても画期的な仕掛けがしてあるのです。それはIR700と呼ばれるものです。IRというのは Infrared(赤外線)”という意味です。700は吸収する波長 (700nm、近赤外線領域の波長)を示しています。この物質は化学者が作り出したもので、近赤外線を当てるとこれを吸収してものすごく発熱するのです。この、化学者が作ったものと、医学研究とが融合したのです。

IR700がつけられた抗体は、EGFRにくっつきます。その上で、まわりから強い近赤外線を当てるのです。そうするとどうでしょう、その部分だけがピンポイントに発熱しますね。そうするとEGFRの部分が傷つき、膜に小さな孔があいて、外から中にどんどんと水が侵入してきます(注:細胞内の浸透圧は細胞外より高い)。そうしたら、細胞がおもちのように膨れ始め、限界まで来るとバーンと破裂してしまうのです。がん細胞の中の代謝経路もなにも、すべてが一完の終わり。この過程が、アデルの歌ばりに短い、1分で完了するのです。

A: 抗体が接合、B: 近赤外線照射→発熱→膜に孔が開き水が侵入、C: 膨化、D: 破裂

温熱療法とは異なる

これは従来からあった「温熱療法(ハイパーサーミア; hyperthermia)」にコンセプトが似ていなくもないのですが、温熱療法は、がん細胞が(正常細胞に比べて)熱に少しだけ弱いのを利用して殺そうというものです。外からすごい熱を、がん細胞と正常細胞の区別なく全体に与えます。正常細胞はやけど寸前まで来ますから、これは、「伸るか反るか(のるかそるか)」みたいな、ある意味チキンレースみたいな治療法と言え、共に死んでしまうこともあり得ます。

これとは全く異なり、この光免疫療法では、がん細胞の「膜」だけが加熱されていて、隣の正常細胞には全く影響がないという、あり得ないレベルの正確な治療ができることが特長です。もっと言えば、細胞一個を加熱するのでもなく、微視的に膜の一部を加熱し、水の侵入を誘導して細胞をおもちのように膨らませて最後に破滅させるわけです(イメージとしては映画の007で、列車の中で悪党と格闘中に、相手に紐を引っ掛けてそれにつながっている樽を走行中の列車の外に蹴り出したら、悪党は直後に自分の身に生じることの意味がわかって青ざめた次の瞬間に列車の外に吸い出される(リンク)、という、そういう感じの仕事)。

だから、正常細胞が一切傷つかないという、夢のような結果が期待できるわけです。それも1分間で、です*。抗体を注射しておいて、その後、近赤外線を当てると、1分で(本当に1分で)まるで火傷を起こしたときのように、腫瘍が白濁する様子が見られます。

*現在、間を開けて複数回治療を繰り返す治験も考えられています。

講演会場の様子(座長は東達也先生)

5) 光免疫の「免疫」とはどういう意味か

ここまででも圧倒的で、ありえないぐらいスゴイことですね(私は、小林久隆先生は将来、ノーベル賞を受賞されると思います。NIH(米国・国立衛生研究所)だから米国受賞かな〜それが残念)。

ところが光免疫療法の「免疫」にはもう一つすごい意味が含まれています。皆さんは「免疫」ということはご存知でしょうか。これは、「二度なし」ということなんです。

昔、痘瘡(天然痘)が猛威を奮っていた頃、イギリスの医師、ジェンナー(Edward Jenner)は、1796年に、ジェームス・フィップスという8歳の少年に、牛痘(牛も同じ病気になる)にかかった牛の膿を弱らせたものを接種しました。そして2ヶ月後にその少年に、今度は生きのいい牛痘の病原菌を接種(!)したところ、その少年は牛痘にかかりませんでした。2年後にも同様の実験を行ったところ、その少年はやはり痘瘡にかかりませんでした。

これらの実験からジェンナーは、種痘によって痘瘡を予防できることを確信し、1801年には「将来この方法によって痘瘡は根絶されられるだろう。その恩恵は計り知れない」と予言しました。その言葉通り、WHOによって、179年後の1980年に天然痘の絶滅宣言がなされました(日野原重明「医学概論」(医学書院))から改変して引用)。

このことがきっかけで、身体には、「外からきた病原菌を経験する(その設計図を手にする)と、それを元に、その病原菌を攻撃する能力」(=免疫)ができることがわかりました。免疫はアレルギーなどを理解するのにとても役立つ知識なのですが、ここで詳しい説明は省略して、関連する事項に集中します。

光免疫療法は、免疫を活性化する

光免疫療法は、「外科手術ですべて腫瘍を取り除いたり、温熱療法ですべてを熱変性させてしまう」という治療法ではありません。言わば、北斗の拳の「ひでぶ」動画リンク)のように、がん細胞が生きたまま、破壊されますね。膜に小孔をあけて、中に水を侵入させ、破裂させます。その瞬間に、がん細胞の中身がぜんぶ周りに散らばるわけです。これが「免疫」にはとても良く作用します。

前述した通り、免疫のしくみは、相手の設計図を持っておいて、それに対抗できる部品(抗体)を予め用意しておくことです。だからがん細胞の中身が、(外科手術で取り去られてしまったり、熱変性でまったく違うものになったりせずに)そのまま外に漏れ出してくると、「ここ掘れワンワンそこらじゅう」みたいな感じでウハウハに情報を手にする事ができるわけです。

こういった情報が、それを待ち受けていた樹状細胞(DC; Dendritic Cell)に渡されます。樹状細胞はいわば学校の先生で、得られた設計図をもとに学生(がん細胞をやっつけるキラーT細胞)を教育してたくさん育て、「がん細胞をやっつけて来て!」と送り出すようになるわけです。

光免疫で、もし局所を完璧に治療できたとしても、ひょっとしたらすでに腫瘍の一部がポロリと取れて、身体のどこかにmigrate(マイグレート、移動、旅、流浪)しているかもしれませんね。その細胞が身体のどこかに着床して育ったらいわゆる「転移」となって、また増殖を始めてしまいます。しかし、樹状細胞に教育されたT細胞は体中を廻りますから、そのうちに、migrateしたがん細胞をみつけてやっつけてくれるわけです。つまり、光免疫療法で治療すると、免疫的な効果もでて、転移を防ぐことができる可能性があるわけです。

講演する小林久隆先生

6)制御性T細胞を消滅させることもできる

光免疫療法のすごいところはこれだけではありません。T細胞には、がん細胞をやっつけるキラーT細胞のほかに、制御性T細胞(Regulatory T cell; Treg)と呼ばれる細胞もあります。制御性T細胞には、免疫を抑制的にする(免疫寛容という)働きがあります。

免疫を抑制しようとするなんて変に聞こえますね。しかし実はこのシステムは、イケイケの人だけだとやっぱり世の中良くないから、「もう少し慎重に」という人がいてうまくバランスすることと似ています。免疫が暴走しないようにしているのです。

しかし今は、がん細胞と闘うとき。だから制御性T細胞の働きは無い方が良いのです。似たように、がん細胞が免疫から逃れることを妨害する「オプジーボ(免疫チェックポイント阻害剤)」が、いままでの抗がん剤に加え、さらに効果を発揮すると話題になっています。

この光免疫では、制御T細胞そのものを破裂させますので、先程述べた「一系統の経路を遮断する」のではありませんから、高い効果が期待されます。こういったことにより遠隔転移(しそうになっている、している)腫瘍に対する治療効果も出ることが、マウスの実験で証明されています。

7)そのほか

そのほか少し難しくなりますが、がん細胞に分化するまえの幹細胞の表面マーカー(CD44, CD133など)を利用して、幹細胞そのものを破壊することもできることが分かっています。乳がんでは、トリプルネガティブと呼ばれる治療困難な癌もこの方法で治療できるのではないかと期待されています。また、大きな腫瘍では、一度目の方法では血管周囲にとくに治療効果が大きい(perivascular spaceが大きくなる)ので、ナノメディシンを併用とするときに腫瘍内プール効果を大きくできるなどの効果も期待されています。

さらに、この方法は、iPS細胞(山中伸弥教授)の仕事にも役立っています。iPS細胞で3D culture(培養)をすると、期待していたとおりに培養できなくて、ゴミが交じることがあります(contamination)。こういったゴミを取り除くにも、ピンポイントで標的細胞(のみ)を破壊できる光免疫が役立っています。

おわりに

この光免疫療法は、京大卒の、日本人である小林久隆先生が、米国国立衛生研究所(NIH)で成し遂げられた研究です。楽天会長の三木谷浩史氏が早くにこの有用性に気づき、特許を使用する権利を得て、Aspyrian(アスピリアン)という会社(日本法人 Aspyrian Japan、虎石貴氏がCEO)を設立されています。私はご両名の知り合いでもありますので、DWIBS法を、がんの早期発見→治療→経過観察などの利用において今後惜しみなく協力をしたく思っております。

なお、会の終了後、「DWIBS法をしてもらうにはどこに行けば良いですか」という患者さんからの切実なご要望を何人もいただきました。安価で造影の要らない、頻繁に全身を診れる方法が、世の中にはまだまだ普及していません(DWIBS法のページで実施病院を御覧ください)。9月を目処に、もう少し自由に診療ができる病院を見つけて実施したく思っております。

日本での治験はがんセンター東病院で始まっています(リンク)。初期は頭頸部癌ですが、今後の有望な領域として、まず乳がん、肺がんなどが考えられています(光が届きやすいところが第一の候補になる)が、そのほかに腹部のがんでも利用されていくことでしょう。今後の発展が期待されますね。

Writer

高原太郎(たかはら・たろう) 東海大学工学部 医用生体工学科(放射線科医、医学博士)

世界各地で治験が始まっている

なお画像的なことでは、光免疫療法を行った直後にFDGの摂取がゼロになることが分かっているので、FDG-PETは効果判定超早期マーカーとして重要です。DWIでは、直後はADCが低くなることが観測されています。このため、viscosity mapなどの利用にが面白いかもしれません(数日でまたADCが高くなるので、臨床的にはとくに問題なさそうですが)。

なお、第77回日本医学放射線学会(2018年4月)では以下の日程で、4/14(土曜)午前に小林久隆先生のご講演(小畠隆行先生が座長)、また4/15(日曜)午前にDWIBS法(ドゥイブス法)のシンポジウムがございます。

 

 

 

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