放射線科医・MRI専門家の高原太郎個人ブログ

放射線科医・MRI専門家の高原太郎個人ブログ

Tarorin.com 記事一覧

ポルシェがミッションEに2速トランスミッション搭載

   

Autoblog日本語版で、「ポルシェ、開発中の電気自動車「ミッションE」に3種類のパワーユニットを用意」というタイトルの記事を出していますが、はるかに重要なのは3種類のパワーユニットではなく、記事中に出てくる2速トランスミッションです。

3種類のパワーユニットを用意するのは、いろいろな価格帯を作って、広い顧客層に売ろうとする商行為で、ごく普通のことです。

しかし2速トランスミッションを搭載するのは、非常に重要なポイントで、かつエポックメイキングなことなのです。

モーターはミッション不要→究極の俊敏性

モーターはエンジンに比べて倍以上の回転数に対応していることと、低回転域(〜5000回転ぐらいまで)はトルクも落ちないので、非常に広いパワーバンドを有します(下の方のグラフ参照)。このため、0〜100km/hプラスまでの実用域で考えた場合、変速機構そのものが不要になりました。言い換えると、EVは常に1速=ローで走ることが可能なのです。

いままで、エンジン車は、「多段変速であればあるほど高級」ということになっていました。多段化したほうがエンジン回転数を常に低く保てて燃費に良く作用しますし、変速の時の回転数さが小さくなり、変速がスムースかつ低騒音にもなるからです。しかし、EVの出現によりこの概念は完璧に吹き飛びました。

モーターを使うEVでは、トランスミッションそのものがが不要になったからです。

こればかりは体験しないと分からないと思いますが、「変速」しないのです。

変速がないということは、例えばシフトダウンに要する時間が物理的にゼロということです。より正確に言うと、「シフトダウンという概念ない」ので、究極の俊敏性を備えたのです。私がはじめてテスラ・ロードスターを運転したときに、はじめて「マニュアルミッションを捨てよう」と決意したきっかけでもあります。常にローで走り、常にローで瞬間加速でき、常にローで強い回生ブレーキを効かせられるのです。

キックダウンもないし、ターボラグもありません。エンジンブレーキの強さを、ギアを変えて選ぶ必要もありません。私の意思が、瞬間的に車の挙動に現れるのです。

そして、ウルトラスムース。「多段変速であるほうがスムースで高級」という概念をも根底から覆し、ギアチェンジしないので究極的にスムーズ、という価値観を持ち込みました。このパラダイム・シフトは痛快でした。

ミッションレスのモーターの持つ(唯一の)欠点

そのEVにおいて、ひとつだけ満足行かないものが、「超」高速域の加速力(および燃費)です。モーターは、最大回転数15000回転以上まで回り、かつパワーバンドはめちゃくちゃ広くて、0rpm〜5000rpm超までは100%トルクで走ることが出来ます。テスラ・モデルSの旗艦であるP100Dであれば、100km/hを大きく超える領域まで、それこそ一気の加速です。

しかし150km/を超えるような領域になると、saturationのような現象が起こります。超高速域で、1速では、モーターを持ってしても10000回転以上になり、どうしてもトルクが落ち込んで来ます。パワーバンド自体が広いので、それでも相当に「使える」のですが、たとえば1時間以上の長きに渡り200km/h超で走行するには、モーターの加熱、また燃費の問題にも直面します。

 

下図は、旧型のテスラ・モデルS(シングルモーター)vs ポルシェ911 カレラ の、回転数 vs トルク 特性.
(P100Dはさらに高回転までカバーするようになっている)

アウトバーンでは、ごく普通に追い越し車線上では200km/h内外で巡航します。私はアウトバーンでの走行経験が数万キロありますが、経験者ならば容易に「EVは街中と都市高速では王者だけれど、アウトバーンを長距離移動するにはちょっと物足りないな」ということが想像できます。

 

ポルシェのソリューション

このためにポルシェが用意したソリューションの一つが800V電圧での短時間充電で、アウトバーンを巡航するために、充電によるダウンタイムを減らそうということだと思います。

・・・・

そしてもうひとつ・・・「ひょっとしたらポルシェはするのではないか」とかねてから思っていた、「2速トランスミッションを開発中」というニュースがやってきました。さきほども述べたように、アウトバーンを数時間走るような人ならば自然に思える機能追加です。

実際に、テスラ・ロードスターの初期型(開発車)では、2速ミッションを搭載したこともあったのですが、搭載されたミッションの耐久性に問題があり、初期のテスラではこれを使わないという判断になり、その後のEVには1速しか搭載しないという流れができたという経緯があります(欲しかったなぁ〜)。

(Wikipediaから引用)当初マグナ・インターナショナル製の2速ATを採用していたが、発売直前、数千マイル走行すると1速ギアが破損する恐れがあるという問題があることが発覚した。そのためテスラモーターズはトランスミッションをボルグワーナー製の単速ギアに変更した。またマグナ製のトランスミッションを搭載した初期のロードスターは1速ギアをロックした状態でデリバリーし、のちに新たなトランスミッションの準備ができたら、それと交換するという対策を採った。2速トランスミッションから高効率な単速トランスミッションへの変更に加えモーター・インバーターの小改良を行ない、初期モデルに対して約10%の航続距離向上が実現されている。

ただし、現在は、高性能なテスラは4輪駆動となっており(テスラの場合は前後に2モーター搭載)、これを実装しようとすると、前後に2つの2速トランスミッションを用意する必要があります。ちなみに4輪駆動でないと、0-100km/hで 3秒ぐらいの加速は実現できません(2輪ではパワーを吸収しきれず、滑ってしまうので無理)。

センターデフで連結してもよいかもしれませんが、それではメカニカルロスもありますし、エンジニアリングとしては昔に戻ってしまいます(下図、Audi Quattroとテスラのデュアルモーターの対比参照)から、ちょっとしょぼいです。また2つのトランスミッションを搭載すれば、相当複雑になり、また重くもなるので、もしやるとすると解決すべき問題が多いものと推察されます。

にもかかわらず、アウトバーンでの実用的な(王者としてのポルシェの)ソリューションとして2速トランスミッション追加、というニュースなわけです。これは俄然面白くなってきました。

 - 04 EV・テスラ, 43 EV

  「04 EV・テスラ, 43 EV」カテゴリーの人気記事

知ってた? タクシーで後部座席のシートベルトを間違えずに差し込む豆知識
知ってた? タクシーで後部座席のシートベルトを間違えずに差し込む豆知識

2008年6月1日から、後部座席のシートベルト着用が法制化され、タクシーに乗ると...

自動車燃費基準の比較・換算表(WLTC, EPA, NEDC, JC08)
自動車燃費基準の比較・換算表(WLTC, EPA, NEDC, JC08)

最近、WLTCという新しい基準で燃費を表示するようになりました。 米国基準...

▼クラッシャブル・ゾーン (Crushable Zone / Crumple Zone) - モデルSの事故から考える
▼クラッシャブル・ゾーン (Crushable Zone / Crumple Zone) – モデルSの事故から考える

最近、ドイツで、18歳のこどもが、父親のテスラ・モデルSを借用し、無謀な高速走行...